2010年04月22日
固定観念との戦い
人は誰でも、今まで生きてきて見たり聞いたり、学んだりして経験値として蓄積したものを持っています。
それを、時に常識といったり、暗黙知といったり、ノウハウといったり、経験値と言ったり。
世の中では、結構、貴重なものとして取り扱われています。
過去の経験を覚えているだけで、お金がもらえてる人もいますよね。
今まで経験してきたことを信じることは、行動の裏付けとして安心極まりないので、昨日もできたんだから、今日もできるだろうとわざわざ思わなくても、いつもできることは当然できるものとして、我々は無意識的に行動しています。
(過去の経験に沿うと、今の)自分の考えは間違いなく正しいと断言する人も少なくありません。
私からすると、よほどの自信家か、無邪気な人かのどっちかだとしか思えませんが。
でも、それは本当に必然、正しい、あるいは「常識」なのでしょうか?
何事も、あまりに当たり前のようになっていても、実は、明日も同じようにできるとは限らないのではないでしょうか。それを信じるだけの保証をしてくれているのは、たまたまできていた過去の経験だけなのでは?
例えば、明日、突然、自転車に乗れなくなっていたり、電子メールが届かなくなっていたり、自社の商品が売れなくなっていたり・・・。
それぞれに何らかの原因はあるでしょうから、いつかまたできるようになるかもしれません。
しかし、いずれにせよ、昨日できたからといって、今日もできるという保証は誰もしていないのです。
私は、常識を常識として捉えすぎることが、固定観念だと思っています。
しかし、常識は変わりうるもの、法律も変わりうるもの。です。
固定観念にとらわれて、みるべきものを見ず(見えず?)、その結果、変革のチャンスを逃している企業や個人の方が相変わらず多いように思います。
そして、我々は、「弁護士」という既存のイメージ、固定観念とこれから戦っていくチャレンジをはじめたところです。
この固定観念は極めて頑強かつ広範に浸透しており、いつでもどこでも顔を出してきます(笑)。
いよっ、ミスター常識!と合いの手を入れたいくらいです・・・。
敷居が高い、話が難しい、気むずかしい、費用が高いなどなど。
今まで、どんだけ顧客を無視した商売をしてきとんねんとツッコミを入れずにはいられませんよね。
おかげで、我々の当面の経営課題は、いかに過去の遺物(既存の弁護士イメージ)を打破し、刷新し、我々の提供できるサービスを正確に認知してもらえるかという点に絞られています。
話を戻しますと、(経験に裏付けられていても)自分の考えや正しいと思っていることは、もはや正しくはないかもしれない。
常に自分や社会の常識を疑うことが、経営者にとっては大事だと思います。
といいながら、私は、それ(常識を疑うこと)すら、本当に正しいのかを疑っています。
堂々巡りになりそうですが、それくらい固定観念は取り除きにくいものです。
そもそも思考の枠を設定した方が考えはまとまりやすい。
例えば数学の世界で、最初からゼロや虚数の概念を持っていたら、ここまで発展していなかったかも知れません。
ですから、観念を固定することは、時として、有効であることは間違いないのです。(と、断言していいかどうかを疑いましょう(笑))
常識からいかに離れられるか、それが独創性を磨く最初のステップなんでしょうね。
それを、時に常識といったり、暗黙知といったり、ノウハウといったり、経験値と言ったり。
世の中では、結構、貴重なものとして取り扱われています。
過去の経験を覚えているだけで、お金がもらえてる人もいますよね。
今まで経験してきたことを信じることは、行動の裏付けとして安心極まりないので、昨日もできたんだから、今日もできるだろうとわざわざ思わなくても、いつもできることは当然できるものとして、我々は無意識的に行動しています。
(過去の経験に沿うと、今の)自分の考えは間違いなく正しいと断言する人も少なくありません。
私からすると、よほどの自信家か、無邪気な人かのどっちかだとしか思えませんが。
でも、それは本当に必然、正しい、あるいは「常識」なのでしょうか?
何事も、あまりに当たり前のようになっていても、実は、明日も同じようにできるとは限らないのではないでしょうか。それを信じるだけの保証をしてくれているのは、たまたまできていた過去の経験だけなのでは?
例えば、明日、突然、自転車に乗れなくなっていたり、電子メールが届かなくなっていたり、自社の商品が売れなくなっていたり・・・。
それぞれに何らかの原因はあるでしょうから、いつかまたできるようになるかもしれません。
しかし、いずれにせよ、昨日できたからといって、今日もできるという保証は誰もしていないのです。
私は、常識を常識として捉えすぎることが、固定観念だと思っています。
しかし、常識は変わりうるもの、法律も変わりうるもの。です。
固定観念にとらわれて、みるべきものを見ず(見えず?)、その結果、変革のチャンスを逃している企業や個人の方が相変わらず多いように思います。
そして、我々は、「弁護士」という既存のイメージ、固定観念とこれから戦っていくチャレンジをはじめたところです。
この固定観念は極めて頑強かつ広範に浸透しており、いつでもどこでも顔を出してきます(笑)。
いよっ、ミスター常識!と合いの手を入れたいくらいです・・・。
敷居が高い、話が難しい、気むずかしい、費用が高いなどなど。
今まで、どんだけ顧客を無視した商売をしてきとんねんとツッコミを入れずにはいられませんよね。
おかげで、我々の当面の経営課題は、いかに過去の遺物(既存の弁護士イメージ)を打破し、刷新し、我々の提供できるサービスを正確に認知してもらえるかという点に絞られています。
話を戻しますと、(経験に裏付けられていても)自分の考えや正しいと思っていることは、もはや正しくはないかもしれない。
常に自分や社会の常識を疑うことが、経営者にとっては大事だと思います。
といいながら、私は、それ(常識を疑うこと)すら、本当に正しいのかを疑っています。
堂々巡りになりそうですが、それくらい固定観念は取り除きにくいものです。
そもそも思考の枠を設定した方が考えはまとまりやすい。
例えば数学の世界で、最初からゼロや虚数の概念を持っていたら、ここまで発展していなかったかも知れません。
ですから、観念を固定することは、時として、有効であることは間違いないのです。(と、断言していいかどうかを疑いましょう(笑))
常識からいかに離れられるか、それが独創性を磨く最初のステップなんでしょうね。
Posted by たばやん at 07:32│Comments(0)
│経営